割れる夢と丸いグラス

短編小説
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- 割れる夢と丸いグラス -

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 今日は記憶が飛ぶほど飲まない。

 そう決めて、1杯だけカクテルを注文する。

 会社の歓送迎会。男性社員が多いが故に、飲み会と言うといつもの馴染みのある古臭い居酒屋になってしまうが、今回は女性社員達が張り切って幹事をしてくれたおかげで、随分と雰囲気の良い店が選ばれた。

 小さな料理店を貸し切って、美味しい料理とお洒落な酒を嗜む。

 幹事による乾杯の挨拶が終わってまだ少ししか経っていないが、店の中央あたりではもう酔っ払い達が盛り上がりを見せている。

 あの中に入ったら最後だ。確実に記憶を無くすほど飲まされる。

 だから今日は、いつでもすぐに外に出て煙草が吸えるからという理由を言い訳にして、この出入口付近の隅の席から離れないと心に誓う。

 丸みのある足つきのグラスを傾けながら、俺は小さく溜息をつく。

 すりガラス素材の、居酒屋ではあまり見かけないデザインのグラス。提供する酒の種類によってグラスのデザインを変えるのは、この料理店のこだわりなのだろう。

 グラスだけでなく、コースターにも並ならぬ思い入れがあるようだ。

 お洒落なグラスにお洒落なコースター。けれど中年の親父達が相手では、こんな趣きは目にも留めてもらえない。

 月上さんだったら、きっと一番に感嘆の声を上げただろう。

 溜息を付く。席を立って、外に出る。自棄酒の代わりに煙草に火をつける。

「月上さん遅いね」

 後ろから声を掛けられて、俺は振り返る。

 煙草に火をつけながら、星野さんが店から出てくるのが見えた。

「一度帰ってから来るって言ってましたもんね」

「会えなくて寂しぃって顔してたよ」

「してないし、今日仕事で会いました」

「今日全然飲んでないじゃん」

「酔うと余計なこと言っちゃうんで」

「月上さん、好きです!って?」

「…言いませんけど」

「言っちゃえばいいじゃん」

「言ったところで、ただ気まずくなるだけでしょ」

 正直、今の状況が一番丁度良いとも思う。

 明確な答えが出てしまったら、今まで通りというわけにはいかなくなる。

 見かねた上司によって人事異動させられてしまうかもしれないし、そもそも月上さんに距離を置かれてしまうかもしれない。

 業務中だろうと月上さんとくだらない話で盛り上がる。それくらいの距離感が一番良い。

「わかんないよ?私も好きっ!ってなるかもしれないし」

「絶対ならないでしょ」

「ま、そういう風にならないから、君は月上さんが好きなんだもんねー」

 そうだ。結局俺は、どれほど心揺さぶられようと、一番まともで誠実な選択をするあの人だからこそ、好きなのだ。

 それなのに、振り向いて欲しくて、抱きしめたくて、この矛盾した衝動をどうしてくれようか。

 月上さん以上に好きになる人などきっと二度と現れないだろうから、余計にそんな自分の中の矛盾に息が詰まりそうになる。

「実際さ、宙原には見えてるの?」

「何がですか」

「月上さんと一緒になるビジョンみたいなの」

「何ですかそれ」

「まぁ宙原の年じゃそんなこと考えないかぁ。まだまだぺーぺーの社会人だもんね」

「ぺーぺーなのは認めますけど、何か腹立つなぁ、この人」

 ビジョン。一緒になるビジョンとは何だろう。

 付き合えたとして、一緒に暮らして、そして結婚していくまでの過程だろうか。

 結婚。さすがにそんなことまで考えるのは難しい。

 いつかはそんな人生の分岐点が自分にもあるのだろうと思うけれども、それが目と鼻の先のものだとは思えない。

 今の自分の中にあるものは、それよりももっと衝動的で短絡的な感情だ。

 手に入った途端に飽きるかもしれない。そんな恐怖心すらある。

 そもそも確実に叶わない夢に、どうやって現実的なビジョンを描けと言うのだろう。

 煙草の煙とともに息を吐く。その時、「あ、遥太!こっちこっち!」と言う星野さんの声が聞こえて、俺は顔を上げた。

 遠くの方から月上さんが全速力で走ってきている。必死な顔をして、こちらに近付いてくる。というより、誰かを追いかけている。

 火を付けたばかりの煙草を惜しむ様子もなくすぐさまに消した星野さんは、道路の中央で膝を付くと、両手を大きく広げて満面な笑みを浮かべる。

 星野さんに小さな体が衝突する。その勢いのまま星野さんはアスファルトに倒れ込んで、けれどそれでも彼女は嬉しそうに笑っていた。

 息を切らした月上さんが後からやってくる。申し訳なさそうな顔で両手を合わせて星野さんに謝ろうとしているが、その言葉は声になっていなかった。

「遥太、またちょっと大っきくなったねぇ。相変わらず可愛い顔して」

「ごめっ…星野さ…っ…怪我ない?」

「全然全然。なんて事ないですよ」

「ほら、遥太…ちゃんとお姉ちゃんにごめんなさいして」

 星野さんの体に顔を埋めていた子どもがゆっくりと起き上がる。遥太と呼ばれたその子は少し恥ずかしそうにしながら、月上さんの近くへと戻っていく。

「…ママが言ってよ」

「何でよ。自分で謝りなさいよ。遥太がお姉ちゃん突き飛ばしちゃったんでしょ」

「良いって良いって。私も久々に遥太ムギューって出来て嬉しかったし」

 ほらやっぱり。

 身の丈に合っていない夢を見ようなどと考えると、神の鉄槌のように現実を突きつけられる。

 何が一緒になるビジョンだと言うのだ。何が夢だと言うのか。

 月上さんには夫が、子どもがいる。そしてこの人は、そんな家族を裏切るような真似は絶対にしない。

 だからこの恋に、未来などないのだ。

 - 割れる夢と丸いグラス - 終


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

館長の傘花と申します。

見た瞬間に惚れたグラス。

こんなお洒落なグラスでお酒をいただきたいっっ!

ビールとかも合いそうですね。

飲み物だけでなく果物などのスイーツ入れにも使えちゃう!

せっかくお洒落なグラスなので、お洒落なコースターも合わせてどうぞ。

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