毒と花とネイルシール

短編小説
この記事は約6分で読めます。

- 毒と花とネイルシール -

このページはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。

「えっ、星野さんのネイル、可愛い過ぎる」

 確認してもらいたい書類を手渡した時、月上さんが驚いたようにそう言った。

 男ばかりの職場。そんな中で、こうしてちょっとしたお洒落の変化に気付いてくれるのは、いつもこの人だ。

「可愛いですよねー。私も気に入ってるんです」

「いいなぁ。私もネイルしようかなぁ」

「やりましょ、やりましょ。マジでテンション上がるんで」

 ネイルや髪、バッグに洋服。メイクなんてところの変化にも、月上さんはすぐに気が付いて声を掛けてくる。そして決して、似合わないなとど言うような否定的な言葉を使わない。

 だから、宙原がこの人のことを好きになるのは、正直納得できた。

「えー、でもさぁ、サロンって高いじゃん?」

「そうですね。サロンだと7、8千円はしますね」

「それで1ヶ月に1回?はお財布に痛い…」

「なんなら1ヶ月も保たないですからね」

 最初に宙原が月上さんの話を持ち出した時は、軽い冗談くらいの気持ちなのかと思っていた。

 実際、月上さんを好意的に思う人は老若男女問わず大勢いたからだ。ただ、それが恋愛だ何だといった感情に発展する人はいない。

 皆、月上さんが結婚していることを知っているからだ。

 だから、宙原が喫煙所で「月上さんっていいですよね」と言っていた時、その言葉が後に本気になるなど思いもしなかった。

「やっぱりそうなんだ…」

「まぁでもこれサロンじゃないんで」

「えっ?!セルフなの?」

「セミセルフって感じです。ジェルネイルシールを貼って硬化してるんですよ」

「星野さん、器用だね。普通にサロンかと思った」

 いや、どうなのだろう。宙原は本気、なのだろうか。遊びだったらとっくに押し倒しているだろうから、軽い気持ちでないことは分かる。

 先日、月上さんの旦那さんが職場に来ていた時に「あ、駄目だ。負けた。完全に負けた」と宙原が絶望していたことを思い出す。

 結婚していると知っていて尚、心の何処かで月上さんの旦那さんに勝てると思っていたのだろうか。

 勝てるところがあれば、月上さんと付き合えるとでも思っていたのだろうか。

 だとしたら、なんて馬鹿馬鹿しくて憐れな男なのだろう。

「全然。近くで見たら結構粗いですよ。でもぱっと見わからんでしょ」

「うん。めっちゃ可愛い。それでいくら?」

「硬化ライトとかトップコートとかまず一式揃えないといけないから、最初は8千円くらい。でも、ネイルシール自体は2千円もしないで買えますよ」 

 けれど、月上さんも月上さんだ。

 月上さんは宙原の好意に気付いている。気付いていて、付かず離れずの関係を続けている。

 月上さんも宙原に一定の興味はあるのだと思う。宙原のことを拒否するわけでもなく、いつも楽しそうに2人で話をしているのを見かけるからだ。

 けれどあの人は自分の立場を理解している。

 会社としての立場も人妻としての立場も。

 だから宙原の好意を見て見ぬふりをしている。

「どれくらい保つ?」

「まぁでも1週間くらいで浮いては来ちゃうので、その度に根本をトップコートでまた固めてます。それはちょっと手間ですね」

 …いや、そんな誠実な理由でもないのか。

 月上さんの宙原への態度は、弄んでいると呼ぶ方が合っている気がする。

 そうでもなければ、距離を置くべき男に対して誕生日プレゼントなどねだれるはずもない。

 例えそれがその場のノリの会話であったとしても、宙原の性格上、誕生日プレゼントを何にするべきか本気で頭を悩ませることくらい、月上さんもわかっているはずだ。

「えー、でもそれで2千円弱なら買いかなぁ」

「是非是非。一箱で2.5回分くらいはあるし。ディズニーコラボとかもあって、デザインめっちゃ可愛いですよ」

 …まぁ、どっちでもいいけど。

 他人事だから、ただ私は遠目からこの奇妙な恋物語を楽しむだけだ。

「私も前はサロンに行ってたんですけど、家買ってから、旦那が節約節約うるさくて」

「あー、星野旦那、前もそんなこと言ってたよね。美容院だっけ?」

「そうそう。カットとカラーで2万は高すぎるって怒られました」

「そんなん、ちょっと良いところでやってもらったらすぐいっちゃうよねぇ。床屋じゃないんだから」

「本当ですよね」

 そして彼らの話を肴に、私は今宵も自分の愛すべき旦那と盃を交わすのだ。

 旦那もどう足掻いても救いのないこの物語の続きを楽しみにしている。

「そう言えば、宙原、新しい彼女できたみたいですよ」

 だから、少し、ほんの少しだけ、この物語に色を加えてやる。

 料理の塩コショウ少々くらいの味付けで、この物語は美味しく変化してくれそうだから。

「…へぇ。ついに?前の彼女と別れてから結構間空いたよね?」

「詳しい話はまだ聞いてないんですけど、この前、会社の前に車が止まってて、女の人が運転してて、宙原がその車に乗り込んでたんで」

「その話は初耳だなぁ。根掘り葉掘りほじくり返してやらねぇと」

 うーん。さらりと交わされた感じ?けれどそこそこダメージを食らわせられたようにも思う。

 これで何か面白いことにならないかなぁ。

 そんなことを思いながら、宙原にはどんな言葉をかけてやろうかと頭を巡らせる。

 この前に月上さんから聞いた、旦那との休日デートの話でもしてやろうか。

 聞きたくないのに気になってしまって悶絶する宙原の姿が目に浮かぶ。

 あー、楽しい。

 - 毒と花とネイルシール - 終


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

館長の傘花と申します。

本作に登場したジェルネイルシールは、実際に私が使用しているものをモチーフにしています。

サロンは高い…でもはけで塗るタイプのマニキュアは上手くできない…ネイルチップは綺麗に付いてくれないしすぐに無くす…

そうして行き着いたのが硬化型のネイルシールでした

貼って切って固めるだけなので、簡単かつ利き手も綺麗に仕上げやすいメリットがあります。

デメリットとしては、どうしてもトップコートははけで塗る必要があるので、ジェルアレルギーは気をつけなければいけない点だと思います。

ご興味がある方は是非こちらをご覧ください。

KasaHana’s 楽天ROOM

コメント

タイトルとURLをコピーしました