泥沼とエプロン

短編小説
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- 泥沼とエプロン -

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 煙草休憩をしようと思って喫煙所に行くと、丁度そこには宙原が立っていた。

 壁に体を預けて、気怠そうに煙草を吸いながらスマートフォンを眺めている。

 そんな彼を遠目に見て、ただ何となく、この男は凄くモテるだろうなと思う。

 アイドルのように顔が整っているというわけではない。純粋な顔の造形で言ったら、きっと私の旦那の方が何倍も良い。

 けれど宙原は清潔感があって、お洒落に抜かりがない。場の空気を読むことに長けているし、広い視野で周囲を見ることができる。上司や先輩の言葉を素直に聞き入れるし、根性交じりの体育会系的体制にもそつなく順応する。それでいて心にもないリップサービスをその口から繰り出していくから、異性だけでなく同性からの好感度も上がる。

 良くも悪くも、上っ面だけがやたら良い。

 自分が心から好きだと思う人に心からの誠実さを見せる月上さんとは、対極にいるような人間だ。

 宙原が顔を上げる。喫煙所の中から軽く頭を下げる彼の元に私は歩いていく。

「星野さん、煙草、やめるんじゃなかったんですか」

「やめるよ。明日やめる」

「それ昨日も言ってましたよ」

「うるせぇな」

 煙草に火を付ける。息を吐きながら、ふと、月上さんと以前話した会話を思い出す。

 煙草を吸ったことがないあの人は、私が吸う煙草に興味津々だったのだ。

 吸ってみたい欲求は全くないようだが、煙草そのもののビジュアルやイメージが好きなのだと言う。

 くたびれた煙草の箱を両手で大事そうに持って目を輝かせる月上さんは、多分、箱の中で大事に育てられたお嬢様なのだと思う。

 やはり、宙原とはかけ離れた場所にいる人だ。

「誕生日、決めたの?」

「何がですか」

「月上さんの誕プレ。あげるんでしょ?」

「何で知ってるんですか」

「そりゃあ、あんな職場のど真ん中で楽しそうに話してたら嫌でも聞こえるわ」

「うわっ、はずっ」

「で、決めたの?」

「決めましたけど。というか、もう買っちゃいましたけど」

「なになに?何にしたの?」

「言うわけないでしょ」

「そんな口に出せないようなえっちなやつを…」

 私の言葉に、宙原があからさまに大きな溜息をつく。

 私のことを心底面倒臭い先輩だと思っているのだろう。

 それでも宙原をからかうのはやめられない。これはこの退屈な職場において、私の唯一の楽しみなのだ。

「…エプロンを」

「え?」

「エプロンを、あげようかなと」

 エプロン。…エプロン?

 宙原にしては、随分と家庭的というか、素朴な選択だ。

 色々考えた挙句、結局消費できるハンドクリームやお菓子などにしてしまうだろうと思っていたのだ。

 それが、まさかのエプロン。

「いや、姉にも聞いたんですけど、あんまりあてにならなくて。月上さん、食器とかも好きだし、キッチンに関わるものが良いかなって」

 宙原がスマートフォンの画面を見せてくる。ネットショッピングのページだ。

 お洒落なエプロンの画像がそこには映し出されている。

「凄い可愛いじゃん。ドレスっぽくて1つの洋服コーディネートみたい。撥水加工っていうのもいいね。食器洗ってると結構服に水撥ねるし。耐火・耐熱の恩恵はあんまりないかもだけど」

「綿素材って耐熱性が高くて穴が空きづらいらしいですよ」

「へぇ。そうなんだ」

 何だ。随分と本気ではないか。

 宙原の月上さんへの想いは遊びではないだろうと思っていたが、まさかこんなにも本気だとは。

 宙原は月上さんが結婚していることを知っている。子どもがいることも知っている。

 それでいて、そんなにも本気であの人のことを好きで居続けているのか。

 最後の一息を吐いた宙原は、ポケット灰皿に煙草を入れる。喫煙所から出ていこうとして、けれど何か思い立ったようにこちらに振り返る。

 その嫌な彼の笑みが、私の脳裏に焼き付く。

「旦那さんのご飯作る時とか日頃家事とか育児する時とか、そういう何気ないあの人の日常の中でさ、俺のこと思い出しちゃうの、最高じゃねって思って」

 宙原が喫煙所から出ていく。

 そんな彼の背中を見送って、私は力が抜けたように壁に手をついた。

 不覚にも胸が高鳴ってしまったではないか。

 なんだ、あの野郎は。

 良い塩梅に重くて、けれどさり気ない。

 月上さんは月上さんで、ある種のあざとさのようなもので宙原を弄んでると思っていたが、これでは宙原も同じではないか。

 何だ、この2人は。

 言葉にならない感情が湧き上がる。

 やはり、この恋物語は心底面白い。

 - 泥沼とエプロン - 終


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

館長の傘花と申します。

エプロンって売ってると見ちゃうのは私だけでしょうか。

こんなおしゃれなエプロンを着たら、テンション上がって家事が捗るかなぁとか考えてしまいます。

エプロンはお家の中での一つのコーディネートですよね。

本話で登場した商品は、そんな思いを叶えてくれるおしゃれ且つ機能性を持ったエプロンです。

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